ごあいさつ

ひとりごと

2018-11-07 16:06:00

CIMG8323.JPG

CIMG8324.JPG

 本日午後1時半より、善行寺定例聞法会「七日会」が開催されました。

始めに、皆で正信偈をお勤めしました。

次に、20日に行われる同朋講のお知らせがありました。

続いてテキスト「大きい字の法話集②」を皆で音読しました。

その後、住職よりお話をいただきました。

・体が思うように動けなくなった自分を受け入れるのは、意外と大変なんです。

・老いていくということは大変なんです。

・いずれ人の世話になっていかなくてはならないのが、私たち人間なんです。

・老いを受け入れることより、病を受け入れることはもっと大変なんです。

・いのちは、深いところから私たちに呼びかけている。

・勉強とは、ものを考える土台を自分の中に作ることである=「学ぶ」

・「遊ぶ」とは、生活のこと。生活する場の空気を感じたり、文化に触れること。

・学ぶということは、先生が必要なんです。

・文字のこころをいただく。

・勉強することの意味がわからないと、勉強する意欲につながらないんです。

・法名の「釋」の一字が、世間のあらゆる価値観を超えたところにいますよ!の意

       以上住職の話より抜粋

そののち、准坊守による歌の時間を楽しみました。(写真下)

発声練習→体操→歌の時間と、有意義なひとときとなりました。

 

 

 

 

 

 


2018-11-05 16:01:00

 

DSC_1512.JPG

 

 

DSC_1508.JPG

 爽やかな秋晴れの今日、三条別院報恩講御取越に参詣いたしました。初日の今日は「音楽法要」という、仏教讃歌と報恩講のお勤めを合わせた法要が行われました。

 准坊守は合唱団として音楽法要に参加し、組内坊守方と一緒に歌いました。温かな風が吹き抜ける本堂の空間に、響き渡る仏教讃歌。そして正信偈。女性助音のお勤めの声が高らかに隅々まで響いていたのが印象的でした。

 一生懸命に歌いお腹がすいたので、手作りのお斎(お精進料理)がとてもおいしかったです。

 午後からは名和正真氏による「絵解き法話」がありました。親鸞聖人のご生涯を描いた御絵伝を解説しながらの法話でした。

 8日にも准坊守会として参詣し御法話を聞いてくる予定です。

 


2018-11-01 14:41:00
CIMG8322.JPG
同朋講開催

 11月に入りました。日の出も遅くなり、肌寒い朝を迎えるころとなりました。

さて、11月20日(火曜日)午後1時半より3時頃まで、善行寺本堂にて同朋講が開催されます。

 同朋講とは、親鸞聖人のお念仏の教えを聞く者の集いです。

ご縁のある方ならどなたでも参加できます。

 お友だちなど誘って、お寺で教えに耳を傾けてみませんか?

長岡市内の真宗大谷派寺院のご住職2名による、法話があります。

その後、お正信偈を皆でお勤めし、終わったら茶話会となります。

 どなたでも、お気軽に参加できる会ですので、皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げております。

 


2018-10-07 15:46:00
IMG_0012[1].JPG

七日会と帰敬式

 本日未明に台風25号が日本海側を通り、強い風に見舞われた新潟・長岡です。

そんな三連休中日ではありますが、本日午後1時半より「七日会」が開催されました。

 いつもように皆で正信偈をお勤めしました。次にテキスト「大きい字の法話集②」を

音読し、住職より話をいただきました。

・人として生まれた使命を果たしているかどうか?

・その使命とは、何だろう?

・我々は自己関心を中心として、生活を送っている。

・例えば、見るテレビの内容も、自己関心が表れているんです。

・自己を問うということは、自らの中からは出てこないんです。

・むしろ何かのきっかけで、「ふっ」と思うかたちで出てくるんです。

・いろんな宗教・宗派を超えて、純粋欲求と出遭える教えならば、いいんです。

・帰敬式は、法名をいただくこと。

・仏・法・僧に帰依すること。

・教えを聞き、それを聞いていく場所に身を置く。

  以上住職の話より抜粋

今月は准坊守指導による、お歌の時間を楽しみました。

 そして、帰敬式を執り行いました。

新たに、2名の仏弟子が誕生しました。

 まことにおめでとうございます。

これからも、ともに教えに聞いていきましょう。

 

 


2018-10-02 17:25:00
CIMG8320.JPG

10月に入り掲示板のことばを新しくしました。

「渋柿の 渋が そのまま 甘みかな」

 8月の暑さは一体どこへ行ったやら。

 お彼岸も過ぎ、深まりゆく秋の訪れに、何を感じますか?

 さて、この度の法語は、「生活の中にあるふとした気づきを感じさせる

 ことばだなぁ。」と、しみじみ思います。

 「渋がそのまま甘みかな」は、宗祖のご和讃「かならず煩悩の氷とけ 

 すなわち菩提の水となる」に通ずる気が致します。

  


1 2 3